関西演劇界での2005年下半期の収穫を挙げるならばクロムモリブデン「ボーグを脱げ!」とくじら企画「海のホタル」の2本ということになるだろう。偶然にも現代ならではの犯罪を扱った作品が2本ならび、伝統的なモラルが崩壊し、一時は世界一といわれていた警察の治安維持能力も限界に達してそれこそ日々のテレビ・新聞のニュースを見るだけでも、下手をしたら以前であったら、史上に残るような事件が連日のように起こっている現状を見てみると演劇作品が犯罪を俎上にあげるというのは必然とも思われるが、この2劇団に関していえば以前から犯罪事件を主題に扱ってきていたので、不幸にも時代が彼らに追いついてきてしまったという不気味を感じざるをえない。
もっとも、取り上げている犯罪の種類はクロムモリブデンがサイコキラーの幼女連続殺人犯など、くじら企画が保険金連続殺人事件と対照的なところがあるし、それぞれの手法も対極的なところがある。
犯罪を主題にと書いたけれど、クロムモリブデンの「ボーグを脱げ!」の方は具体的なひとつの犯罪事件というよりは幼児性愛、児童虐待、性犯罪、DV(家庭内暴力)、変態性欲など最近新聞・テレビを賑わせている事件のキーワードとなるようなモチーフをてんこ盛りに作品のなかに入れ込んで、それを「叩いてかぶってジャンケンポン」(略して「たたかぶジャボン」)というゲームが日本中を席巻している未来世界の出来事として、コント風の場面やダンス・歌などの要素を取り混ぜながら、遊戯的に展開していく。
一見オムニバスコントのように見えながらも作品には物語とは異なる次元でのある統一性があって、演劇的な趣向でとことん遊んでみせるというそのスタイルは一時期の遊気舎や犬の事ム所(くじら企画の前身)を彷彿とさせるところもあるのだが、よりスタイリッシュ、今風に料理されていて、ワン・アンド・オンリーのスタイルをしっかりと確立しているのがクロムモリブデンの強みであろう。
さらに個性豊かな役者陣がキャラの造形に冴えを見せてくれるのもここの魅力で、この舞台にもおもわず「おいおい」と思ってしまうようなキャラが多数登場するのだが、なかでも秀逸と思ったのは重実百合が演じる背中にランドセルの代わりに居場所が分かるように携帯を背負った小学生。これは思わず「萌え」ました(笑い)*4。
一方、くじら企画の「海のホタル」は副題に「-佐賀・長崎連続保険金殺人事件-」
とあって、愛人と共謀して主婦(レイコ)が夫と子供を殺す実際に起こった陰惨な事件を舞台化した作品で、大竹野正典による平成事件史シリーズの第2弾である。
「保険金殺人」といえばつい最近も新聞紙上を類似の事件がにぎあわせたように現代の病症といえなくもないが、「金銭に対する欲望からくる犯罪」と考えればこれは昔からある古典的な犯罪と見ることもできえる。この主題をモチーフとする大竹野には自らを「近松門左衛門や鶴屋南北の系譜を継ぐ」となぞらえるような自負も感じられる。その意味でこの作品は「現代における世話物の復活」と位置づけることができるかもしれない
ただ、大竹野の舞台に登場する男たちは決して、鶴屋南北の「四谷怪談」の民谷伊右衛門のような色悪ではない。レイコの夫のカツヒコ(イシダトウショウ)も、愛人となるホカオ(戎屋海老)も、スナックのマスター、タナベ(石川真士)吹けば飛ぶような子悪党。どうしようもないクズのような人間には違いないが、だいそれたことなどできない小心者だ。
レイコは悪女のように自ら企んで悪をなうことはないが、レイコと出合った男たちは蟻地獄に捕らわれたアリのように滅びへの道を歩む。一人は殺され、一人は殺人者となる。
ギリシア悲劇のような悲惨な結末にいたる物語だが、芝居の前半部はこの男たちの情けなくもいじましい姿がくじら企画の常連である戎屋海老、石川真士、そして今回初めて出演したイシダトウショウという情けない男を演じさせたら天下一品の役者たちによって演じられていく。この男たちのやりとりは笑えるというよりはあまりにもいじましくて笑ってしまうしかないともいえるが、こうした軽妙といってもいい語り口が後半にいたって、一変していく恐ろしさが「海のホタル」にはあった。
その恐ろしさを支えているのがレイコを演じた川田陽子の迫真の演技である。情けない男たちはいずれも以前の芝居でも登場していた大竹野の分身的人物ともいえるが、大竹野があえてこの芝居でレイコという謎を持った存在を舞台に上げたのは女優、川田陽子の存在があったからこそであろう。
松田正隆によるマレビトの会は「ひょっとしたらそこからとてつもない傑作が生まれるかもしれない」という注目すべき存在。だから、その海のものとも山のもの分からぬ鵺(ヌエ)的な印象を買って「王女A」は1位にしてもよかったのだが、やはり現時点では松田自身にも進むべき方向性が見えていないのではないかと思い、ここに入れることにした。
逆にTAKE IT
EASY!「ka・du」、桃園会「断象・うちやまつり」の2本は今後の新たな可能性が垣間見えたということ込みでのランクイン。TAKE IT
EASY!「ka・du」は6年前の作品の再演だが、俳優の数を絞り込みプロ集団への脱皮を図ろうという新生・TAKE IT
EASY!の意欲が感じられた舞台。壮大な世界観を持つ中井由梨子のストーリーテラーとしての才能はやはり買いである。
桃園会「断象・うちやまつり」は深津篤志の新作「paradaice lost、lost」とカップリングでのリーディング公演だが、あえてこちらを選んだのは単なるリーディングにとどまらずきちんと演出された公演で、さらにダンサー、ヤザキタケシを客演に迎え、ヤザキのダンスを役者らによるテキストの群読と組み合わせて、いままでの桃園会の群像会話劇とは異なる形式での上演を試みた。これが見ていて面白く、桃園会の新たな可能性を感じさせる点できわめて刺激的だったのである。
*1:関西に拠点を置く集団が関西で上演した舞台のみを対象にした
*2:「海のホタル」のレビューhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20051210
*3:「王女A」のレビューhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20050703
*4:こんなこと書いているとまた人格疑われてしまうなあ
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