TAKE IT EASY!は今私が個人的にもっとも楽しみにしている若手劇団である。作演出
、役者がすべて女性という「女の子」劇団だが、サービス精神満載でエンターテインメ
ントに徹しながら、作家の中井由梨子は劇世界のなかにしっかりと骨太で壮大なドラマ
としての骨格も作り込むことができる腕を持っている。劇団☆新感線の舞台を少年漫画
が立体化して立ち上がったようなと例えるとすればTAKE IT EASY!の世界はまさに立体
少女漫画といっていいかもしれない。
「SHAKESPEARE」は18世紀英国で実際にあったシェイクスピア贋作事件がモデル。ウ
ィリアム・H・アイアランドはシェイクスピアの遺稿と称する写本を多数捏造し、最後
にはこの大戯曲家の忘れられた作品「ヴォーティガーンとロウェナ」を書き上げた。こ
の美味しそうな題材に目を付けた着眼点がいい。さらに史上有名な偽書作家で中世の牧
師が書いた詩集というふれこみで刊行した捏造書は、偽書ではあったが詩才に富み、今
日ではゴシック・リバイバルの先駆けとされる詩人T・チャタトンを劇中に登場させ、
実際には遭い見まえることがなかった(チャタトン1752〜70、アイアランド1777〜1835
)この2人を劇中で対決させるというアイデアが利いている。これが演劇的虚構という
ものだが、この劇中での対決がオリジナルとコピーの違い、神に愛でられる才能とはな
にかといった芸術上の永遠の主題を観客それぞれに考えさせる糸口となっていく。
そうはいっても物語はあくまでもエンターテインメント。舞台は偽作事件の顛末から
、後半に至って、劇中劇に「ロミオとジュリエット」「ハムレット」といったシェイク
スピアの原典を縦横無尽に引用しながら、あたかもひとつの絵巻物を見せられるかのよ
うにスペクタクルに展開していく。途中ミュージカルシーンのような場面を盛り込むよ
うな遊び心もあって、結構長い時間の舞台だが飽きることなく最後まで見ることができ
た。
TAKE IT EASY!の舞台では萩尾望都の「ポーの一族」「トーマの心臓」に登場する少
年たちのように女優が演じる少年のキャラクターが魅力的。キャラ重視のあり方はアニ
メ・漫画だけでなく、奈良美智、村上隆といった現代美術作家にも見られアートの世界
でも日本文化の専売特許として語られる時代だが、このように意識的に徹底した例は演
劇では珍しい。作品から自立してキャラ自体が独り歩きするような「キャラ萌え」の枠
組みを演劇に取り入れたのがの新しいところなのだ。
この舞台でも美少年キャラのウィリアムを演じた松村里美の存在がきわめて魅力的で
、強い印象を残した。
スクエアの「打つ手なし」は西田シャトナーが客演。この集団はこれまで女優を客演
に迎えるのが恒例なのに今回西田が客演でいったいどんな風になるかと期待半分、危ぐ
半分で見にいったがこれが予想以上の好演というかうまく西田のキャラを利用した作り
になっていて面白かった。
適材適所のキャスティングの妙はここならのものだ。これまでスクエアは場面固定の
一場劇が多かったのだが、前回の劇中劇に引き続き、今回は漫才コンビが出演している
ラジオ番組とその後に起こったらしい事件でそのコンビの片割れ(西田シャトナー)が
取り調べを受けている警察の一室の場面が交互に進行していく。
事件があったのはラジオ番組のあった日の深夜3時なので、この部分は空白なのだが
、舞台の進行に従い、刑事たちの訊問とラジオ番組の進行の両方で事件の顛末、このコ
ンビの実情がしだいに明らかになっていく戯曲の構成が緻密で面白い。
最初は単に気の弱い刑事にすぎないように思われた北村守演じる刑事の正体が徐々に
明らかになっていくくだりなどは抜群のオカシサなのだが、これは北村のキャラだけで
なく、計算された情報の出し入れがその効果を一層高めていた。
ロヲ=タァル=ヴォガは元維新派の草壁カゲロヲと近藤和見による演劇パフォーマン
ス集団。関西では珍しい身体表現としての演劇表現に取り組んでいる集団でもあり、様
々な課題はあることは承知でここに選ぶことにした。
よくも悪くもそのスタイルは維新派の強い影響化にあることは否定できないが、最近
の維新派がどうしても女性パフォーマー中心の印象が強いのに対して、ここの舞台には
粗野ながら草壁カゲロヲに代表される男性パフォーマーの
「バンカラの風味」が発揮されているところが面白かった。
実はここでの評価の対象とした公演は1月4日の上演であるため、正確に言えば2004年
に入るのだが、この舞台については2003年秋口から関西の各地の会場での連続上演を通
じて練り上げてきたものであるので、あえて2003年下期の対象とした。
京都ビエンナーレ「宇宙の旅、セミが鳴いて」、ニュートラル「ふしぎのとも」はい
ずれもきめ細かな演出によって作られた秀作舞台であった
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